孤高の花   

2007年 09月 13日
はじめからわかっていたことだ。

対極にあると。

誤魔化してきたわけじゃない。

そこから始まることもあるってことね。




そんなにいけないことなのだろうか?


自分に枷を課して、

ココロを削りながら、

そこで美しい花を咲かせること。


それは本当に本当に

とても偉大なことだ。


だけど、


きれいな草原で咲いた美しい野生の花を

否定する理由にはならないでしょ・・?





自分はそこには行けない。



それでも、

自分は自分なりに

貫き通さなければならないものがある。




すべての人に感謝を。


心から、



ありがとう。
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# by kokuhfrom5 | 2007-09-13 15:15 | internal

まつりのあと   

2007年 07月 01日
ある曲を聴いていて、いつもそれが思い当たる。

まつりのあと。


喧騒が過ぎたあとの、

余韻に満ちたあの感じ。


目の前には霞がかった景色が広がっていて、

地に足がつかない、ふわふわと宙を漂っているような感覚。


新たな一日が、

もう紡ぎだされているというのに、

それを傍観者として眺めているようで。


自分とは無関係に


或いは時間軸がずれたのか



終焉を迎えたのにも関わらず、

その事実を受け入れられずに、

ただただその場に留まって

残響を吸えるだけいっぱいに吸い込んで

願わくば

この身体に刻み込みたいと


そうしてその場をあとにする。



そんな背中はとてもいい。
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# by kokuhfrom5 | 2007-07-01 05:09 | internal

存在回帰、とか。   

2007年 06月 29日
聖フランチェスコの祈りの言葉。

これを、マシマタケシさんという、知人のイラストレーターの方が引用なさっていたのだけど、素晴らしくて。

ここに転載させて頂こうと。


その瞬間に、原核が真っ直ぐに突き刺さったかのような。



神よ 私をあなたの平和の道具としてお使いください
 憎しみのあるところに 愛を
 罪のあるところに 許しを
 争いのあるところに 平和を  
 疑いのあるところに 信仰を  
 絶望のあるところに 希望を 
 暗闇のあるところに 光を 
 悲しみのあるところに 喜びを蒔かせてください

 おお 神よ
 慰められるより 慰めることが 
 理解されるよりも 理解することが  
 愛されるよりも 愛することができますように

 なぜなら 与えることによって 与えられ
 許すことによって 許され
 死ぬことによって 永遠の命を与えられるからです


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# by kokuhfrom5 | 2007-06-29 03:19 | internal

根拠なき自信   

2007年 05月 16日
実体のない自信は、あまり好きではない。
だけど、その実体とは、他者からの評価によって成立するものではないと。

布石を置いたその先の保障された世界でなくても、
自分が強く思い描いている世界に、
自身を投下すること。

自分の心象風景に、他人が無条件に傾倒してくれる筈もなく。

これからこの皮膚の、この肉体の外側へと出ていこうとしているその未だ形を成さないもの、でもそこに確かに存在しているそれ。

それを信じて、愛してあげられるのは他でもないこの自分であった。


それに息を吹き込むために

それ自体が水を得て空気を吸い込むことができるように。
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# by kokuhfrom5 | 2007-05-16 05:02 | internal

はじめまして   

2007年 05月 13日
書くこと、ってやはり大切なことだと思う。

書くことで、より深く潜っていくことで、少なくともその時点でのターミナルへ着地することができる。

また、書かないことで、つまり頭の中や感覚の中で或るそれを捉えることで、そのものまるごと自身の内部へ吸収すること。
これもまた必要なことだと思う。

けれど、日々の中にあまりにも多くのことが起こっているにも関わらず、その日その日を水に流すように過ごしてしまいがちなので、ここに書き記すことで、自身の中にも書き留めておこうと思う。

各々の曲に、そのときの想い或いは思い出が凝縮されるのと同じ。

その曲を聴いたときに、そのときの自分に立ち帰ることができるように。
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# by kokuhfrom5 | 2007-05-13 03:25 | internal